恥がいっぱい!

 駅で、飲み終えたコーヒーの缶をポンとそこに置いて改札口へ向かおうとする若者を見かけてしまった。しゃあない。声をかける。

 「そこは通路。ゴミ箱じゃないでしょう。」

 相手は学生グループ、くだんの若者は季節に早いシャツ姿。女子学生にもてるタイプと見た。 目が合い、彼がオバサンにどう言い返そうか頭を巡らせているのがわかる。そして一発。

 「文句があるなら電話くれ。」

 なに意気がってんのよと叱りとばしたものの、たまらずクックと笑いを飲み込みながら改札をくぐり、列車の窓に流れる街を眺めながら、ユニークで新鮮なせりふを反芻する。精一杯のせりふを吐いて、若者はいま何を思っているのだろう。うまく言い返してやった、だろうか。正義ぶったヤツが出てきて煩わしい、だろうか。

 そうかな。いや、恥ずかしい気持ちではないかと、私は思う。だって、覚えがあるのだもの。

 小学生のとき、幼くて表現しきれなかった、とっさのひとこと。中学校の休み時間に、嬉しさを隠し、むげに言い放ったあのひとこと。

 三十年後のいまも思い出し、身をすくませる。

 極めつけは一昨年の冬、経験の量も年齢も自分なんかより上であろう男性に語った、一連の、なんて小生意気なフレーズ。あれは言わなかったことにしてしまえないだろうか。恥ずかしい、ああ恥ずかしい。その類の後悔は山ほどある。

 だから、少しおとなになったら、いや、もしかしたら今この列車の中で、賢い若者は身をすくめているのかもしれないと考えてしまうのだ。

 恥がいっぱい。決して消えてはくれない恥を、私もきっと、また、私の中に積もらせていく。

佐山さつき